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ほとんど個人活動ばかりの日々


10月26日(月)
激しい二日酔いの中、出勤。冷や汗が出てくる。

午後、大蔵省の役人とともに日本人が市役所を訪問してきた。
ゴミプラントの提案だ。

どうしてこうもこのジャ・エラ市は目をつけられるのだろう。それ
も、西部州政府や大蔵省やスリランカコンポスト企業や日本人
プラント提案会社やらの方々から。

ゴミ問題が深刻なのはわかっているが、いろいろな方面から
話を持ちかけられても市役所としては(私を含め)混乱するだ
けだ。

といいつつも、話にのっかる私。横しまな生きざま。




10月27日(火)
地元の大臣から直々に指名された日本語家庭教師の第一回
を女子生徒宅で実施。(もちろん無償)

本業そっちのけで、副業ばかり忙しくなっていく日々。

彼女は優秀だ。障害者スポーツ代表としてはスリランカの期待
の星だし、ちょっと教えただけでの語学理解も早いように感じる。

再来年に控える日本スポーツ留学で、日本の生活にスムースに
入れるようなレベルにすればいいのだから焦る必要もあるまい。



10月28日(水)
なぜか、おととい会った大蔵省役人の弟の結婚式に出席するこ
とに。まあ、この役人が市長に話をつけてくれOKが出たことだし、
いいだろう。
結婚式の後、彼が企画する日本とのプロジェクトの打ち合わせに
同席。畑違いだと言ったのだが。。。
テーマはゴミプラント・鉱石・リサイクル・水産物等など多岐にわたる。
なんだかよくわからないが、政府役人が「これはビジネスではない」
というのだから、私の立場で話を聞くくらいなら問題ないだろう。

・・・・と、安易に勝手な予想をして気休めにするのだ。

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2009-10-28(Wed)
 

家庭教師できるのだろうか。

10月22日(木)

昨日に続き、学校の卒業制作に国際協力を題材としたいという彼女の
自宅を訪れた。任地から隣町シードゥワまで自転車で向かった。意外
と遠いじゃないか。。。

制作の参考資料として、JICAが制作しているパンフレットを届けた。



10月23日(金)

今週から完全復帰するという話だったカウンターパートが2日連続で出
勤していないが、もう慣れた。

お昼頃、突然大臣から電話がかかってきた。とりあえず、今すぐ来いと
いう。今日は不法居住エリアの視察を大臣書記官と約束していたが、
まだ約束の時間ではない。よくわからないが、大臣様直々に来いとおっ
しゃるのだから行かないわけにはいかない。

大臣と面談し、話の内容が分かった。日本語教師をしてくれというのだ。
教える対象は、再来年日本にスポーツ留学するという女子学生。彼女
は生まれつき片足がない。
大臣から指名されては断るわけにはいかない。しっかり教えられるかど
うか不安だが、来週から家庭教師をすることになった。


夕刻、もうひとつの件(不法居住エリア)の視察になんとか書記官を連れ
出すために、大臣事務所で書記官の仕事が終わるのを待つ。今まで何
度延期となったことか。今日こそはなんとしても視察に連れ出す決意で、
待合室に陣取った。

結果、不法居住エリアの視察もなんとか実施され、次のステップへの道
が開かれた。



こうした活動は全て私がJOCV活動として求められている正式要請には
含まれていない。寄り道というか、バイトというか、副業というか、暇つぶし
というか。。。

まあ、でもいいではないか。

2009-10-23(Fri)
 

卒業制作の題材

10月20日(火)

カウンターパートの復帰説はどうやら本当のようだ。今日も市役所に出勤
している。
これまで市役所と地域村落事務所の仕事で、所謂激務状態だったことが
一段落したせいか、私の話に耳を傾ける姿勢も戻ってきた感じもある。

比較的機嫌もよさそうに見えたので、懸案の原爆展示会開催についての
意見交換をした。なんとか来月の開催にこぎつけそうである。

夕方、地元大臣のオフィスを訪ね、不法居住者エリアへの視察要請をし
た。久しぶりにあう書記官は「ハーイ、元気?」と相変わらず気楽に迎え
てくれたが、居住エリアでは鉄道線路の複線化工事が始まっており、あ
まり気楽にしている暇はないのだが。。。
金曜日に視察するという約束をした。



10月21日(水)
先日、コロンボから任地へ帰る電車内で知り合った学生の家を訪ねた。
なんでも、「プロジェクトに取り組んでいるので、援助してほしい」という話
のようであった。
草の根活動もままならない私にとって、このような話への決定権はないの
だが、「まあ、話を聞だけならいいか」と軽い気持ちで彼女の家へ向かった。

彼女の自宅で話を聞くうちに、ようやく内容が分かった。彼女の言うプロジェ
クトとは、学校の卒業制作のことであり、援助してほしいとはその題材とし
て国際協力を扱いたいという希望であった。

例によって、シンハラ語になんの未来も可能性もない私。。。

私はできる限りの協力を約束した。むしろ、そんなお話にお誘いいただい
て光栄だ。

電車でほんの5分話しただけのヒトにノッチラノッチラ付いていくのもどうか
と思うが、まあいいではないか。



2009-10-22(Thu)
 
プロフィール

Lankastar

Author:Lankastar
2009年1月14日にスリランカへ青年海外協力隊員として赴任しました。
半年以上放置のしましたが、残り任期も短くなったので復活しようかなと思ってます。

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